【差別の正体を考える・その15】差別を定義することは
質問差別を定義することは新たな差別を生むことになりますか?
解答とても鋭い問いです。結論からいうと、差別を定義すること自体が新たな差別を生む可能性はあります。ただし、それは必然ではなく、定義の仕方と運用の仕方次第です。1. なぜ差別の定義が新たな差別を生むのか?● 「境界線」を引く行為だから* 差別を定義するということは、「これは差別」「これは差別ではない」と線を引くことです。* 線を引く以上、その外側に位置づけられた行為や集団は「差別ではない」とされ、被害感覚が無視される場合があります。* 逆に、線の内側に強引に含められた人々が「自分は差別されたと感じていないのに、差別被害者として扱われる」という状況も生じます。2. 歴史的な事例* アメリカの公民権運動 黒人差別撤廃を目指した法整備は進みましたが、その後「誰がマイノリティに含まれるのか?」で新たな議論が起こりました。* ジェンダー運動 女性差別をなくそうとしたときに、「女性」の定義が固定化されすぎると、トランスジェンダーやノンバイナリーの人々が排除されることがありました。* 障害者権利運動 「障害」というカテゴリーが保護を強める一方、「健常者と異なる存在」として余計に区別が強調される場面もあります。3. 哲学的観点* エッセンシャリズムの罠 「差別される人」という枠を固定すると、その集団を逆に本質化してしまい、新しい排除やステレオタイプを生む。* 言語の限界 定義を与えることは、社会的にラベルを貼ることでもあり、そのラベルが差別的に使われ…
