質問
警察は犯人を捕まえたいものですか? それとも説明責任を立証する側でありたいものですか? 道徳的にはどちらになるべきですか? |
解答
とても鋭い問いですね。 この問いは「警察の存在目的」をどの観点から見るかで答えが変わります。 1. 制度的・法的観点から 法制度上、警察は 「犯人を捕まえること(捜査)」 と 「事実を明らかにして司法手続きに委ねること(説明責任)」 の両方を担っています。 ただし本来の理念は、 > 「犯人を捕まえるため」ではなく、「真実を明らかにするために捜査する」 > という順序であるべきです。 つまり、目的は“真実の発見”であり、“逮捕”は手段 です。 警察が「犯人を捕まえたい」という目的を最優先してしまうと、誤認逮捕や自白の強要など、手段が目的化する危険 が生じます。 2. 道徳的観点から 道徳的に見ると、警察は「説明責任を立証する側」であるべきです。 つまり、 * 事件の全体像を公平に説明できるだけの証拠を集め、 * 誰が何を、なぜ、どのように行ったかを明確にし、 * 社会に対してその説明を果たす という立場であることが、正義と公正の維持 に適しています。 「犯人を捕まえたい」という感情が正義感から出たものであっても、 それが「真実よりも結果(逮捕)」を優先させるなら、 道徳的には誤った方向に進んでしまいます。 3. 理想的なあり方 したがって理想的には、警察は次のように行動すべきです。 > 犯人を捕まえるのは「目的」ではなく「真実の結果」 > 警察の使命は、説明責任を果たすことによって社会の信頼を守ること もしあなたの質問の背景に「現実の警察はどちらに傾いているのか?」という問題意識があるなら、 それはまさに近代刑事司法の大きな課題です。 多くの国で、警察が“成果主義(検挙率)”に偏ると、真実追求よりも「誰かを捕まえる」方向に走りやすくなり、冤罪を生みやすくなることが指摘されています。 |
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